マクロビオティック、合気道、その他思い出すことなどつれづれ。念のため、特定の宗教、政治思想等にはまったく関心ありませ~ん。


by macrobikinoko
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YAD VASHEM 私の見たホロコースト博物館

YAD VASHEMとはいわゆるホロコースト博物館のことだ。エルサレム郊外の丘ひとつに博物館、資料館、メモリアルサイトなどを備えたコンプレックスを作っている。
どんな立場にせよ、この国にかかわる人は見ておく場所のひとつであろう。



私は訪問者の案内などをふくめてこの場所を4,5回訪れている。だいたい博物館の道順なんかも覚えてしまったくらいだ。
博物館は迫害の歴史を年代順に写真と遺物を使って解説している。確か「水晶の夜」あたりから始まり、最後は船でユダヤ人にとっての約束の地であるこの地にたどり着くまでが描かれる。通路の最後は暗い狭い道から広場に出るような演出になっていたような記憶がある。一番印象に残っているのは収容されていた人々を撮った写真だったろうか?養鶏場を連想させるほど密集した収容状況の中でやせ細った男たちの目がらんらんと光っている。
メモリアルサイトとしては慰霊の炎が灯ったホール、犠牲となった子供たちの名前が一人ずつ読み上げられている蝋燭のホールがある。ミラーを使って炎が無数に並んでいるように見える。よくできている。
そして資料館の入り口には「忘れさることは破滅を導く」といった意味合いのユダヤの格言が書かれており虐殺に関するさまざまな資料があるらしい。
確かここだったと思うのだが、何回目かの訪問で私はくつ、くつ、くつ、の山を見たのだ。何の解説も(英語では)なく、ただ、薄汚い靴の山があった。そして異臭。人間の垢のにおいだ。
あれは一体なんだったのだろう??収容されていた人々の靴?未だににおいまで残っているのだろうか?
私があそこで見たものの中で一番強烈だったのはあの靴の山だった。

実際あの場所自体にはそんなに深い印象はない。展示されているものもどちらかと言えば教科書的だ。実際のヨーロッパの収容所跡を訪れればまったく違う印象を受けよう。どちらかと言えばイスラエルの国策的なものを感じる。新人のイスラエル軍兵士が修学旅行よろしく見学に来るのもよく見る。2000年前の虐殺の地であるマサダ砦同様必須コースなのだろう。

YAD VASHEMというのはヘブライ語で「記憶すること」とかそういった意味あいになるのだと言う。なるほどこの民族は記録するということの重要性をよく認識している。資料館の入り口の格言にしても然り。「忘れるな」、「忘れればまた滅ぼされるぞ」と言うことなのだろうか?それを踏まえてみると、彼らがパレスティナ自治区の行政機関を襲撃したときに統計データなどの記録を持ち去ったと言ううわさは興味深い。民族浄化には記録の抹消も必須事項か?
ヨルダン川西岸都市ジェニンの虐殺についても「虐殺は存在しない」と主張する彼らと、ホロコースト犠牲者が300万人は多すぎると言う主張に激怒してた彼らは同一の民族である。

この自己矛盾のために神経症的状態になっているのはイスラエル国民自身かも知れないと時折思う。
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by macrobikinoko | 2006-04-30 21:47 | イスラエル/パレスチナ